自分のことを知ること

 

小さな声を引っ張り出し、自分に棚卸し作業を面倒臭がらず、さっさとする。

毎日を忙殺しないことが、とても大切だと思います。

 

先日、前の職場の後輩の女性と何年かぶりに会いました。

勤めている業界は仕事が夜遅く、40を手前にして年齢による体力的にも徐々に厳しくなっている。

何年も前にも似たようなことを聞きましたが、変わったのは一緒に住むご両親が結婚のことは何もいわなくなったことと、仕事の選択に関して厳しくなったということとでした。

今後、何がどうしたいかがわからないとのことでした。

大事な友人なので、気づいたら母親のような小言を言っていました。

鬱陶しかったろうなと少し反省しました。

 

厳しく言ってくれた人の顔が浮かびました。それぞれのやり方で心配してもらいました。

身近な人の小言はとても耳に痛かったのです。

それに、だんだん相手にコントロールされるような気持ちになっていたのですが、自分の妄想なんだと気付きました。

 

結局、選択するのは自分ですもん。

 

選択する自分の軸がないからブレるのです。

 

遠くのつながりの励ましは耳に優しい。

自分のことをよく知っている身近な人の厳しい愛。

奥にある愛を受け止め感謝手放し、純粋な愛だけを取り出して生かすことができたなら、物事はとてもシンプルでした。

 

 

どのタイミングで気づいても自由。

  

同じ日々を生きるのと、流されて1日を生きるのとは違う。

 

自分を雑に扱うのはやめて、心の底の声を書き留めたり、少しでも行動に移すだけでいい。

 

人生の舵取りは自分しかないので、自分の信じた道を進んで欲しいと切に祈るばかりでした。

 

私ももっと厳しい声も聞こうと思いました。

 

 

おかげさまでたくさんのフィーリングアートを描かせていただきました。